1分でわかる肺がんの症状

肺がん闘病記・体験談②

肺がん,闘病記,体験談

告知されなかった母の最期

今から30年程前、私が16歳の時、母は肺癌でこの世を去りました。医者に診断された時、もうすでに末期で余命一ヶ月を宣告されていた状況でした。

勿論、宣告は家族だけで当の本人には最期まで知らせませんでした。当時は、本人の望む望まないに関わらず、出来るだけ本人には告知しない風潮がありました。

癌になった原因なのですが、最初、母は巻き爪の手術をし、その傷口が化膿して骨髄炎になりました。

病院で治療を受けていたのですが、何ヵ月経っても治る気配もなく掛かり付けの医者に「大学病院で検査して貰ったほうが良い」と紹介され、そこで末期の癌である事を告げられたのです。

まさか爪の手術で癌になるなんて、私も、家族も思いもしませんでしたが、“骨髄炎は癌になりやすい”と言うのは有名な話らしいのです。

本人に癌である事を気取られずに接するのは何より辛い事でした。

母は喫煙者でしたので、それも大きな要因となったのでしょうが、爪の手術をして骨髄炎になるまでは全くの健康体でした。

なので「何で母さんは爪の手術なんてしてしまったのだろう?癌になるかもしれないリスクを医者は何故教えてくれなかったのだろう?
そして、何故もう少し早く大学病院を紹介してくれなかったのだろう?」と、色々な後悔や恨みで私や家族のメンタルも相当酷い状態になってしまいました。

母は入院して数日で何も食べられなくなり、ゼリーや果汁など食べやすいものを口にしても必ず吐きました。何も食べなくても緑色の液体を吐く時があり、それは胆汁との事でした。

痛みも酷く、痛み止めの副作用なのか、私や家族の顔や名前が解らなかったり、記憶が混乱していたりとまともな会話は殆ど出来なくなりました。

でも、付き添いを父に代わって貰い、私がひさしぷりに家に帰ったその晩、珍しく母は父とまともな会話をしていたそうです。たわいのない世間話のような会話だったそうですが、父はのちに「元気な頃の母さんだった」と私に教えてくれました。

そう、母は父とおしゃぺりしながら、息を引き取ったとのことでした。あまりに静かに息を引き取ったので父は眠ってしまったのか?と思ったそうです。
 
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肺がんの発見が遅れる

私の親戚のおじさんは70代で肺がんになりました。

咳が続き、血が混じった痰が出たりしたので最初は肺炎かと思ったようです。近くの診療所で診察を受けた際は、やはり肺炎と診断され薬も処方されました。

抗生物質で肺の炎症を治すことを説明され、納得の上で治療したのですが飲み薬が効かないので、もう一度診察したところ、大学病院の紹介状を出してもらうことになり、そのまま入院となりました。

そこでの肺がんが見つかることになります。なぜ早期発見できなかったことに叱られたそうです。おじさんはがんになってしまったことにショックを受け、気落ちしてしまいました。

おじさんは昔からたばこを吸い、仕事は工業系でした。昔はマスクはあまり付けることがなく、肺に対して無防備な職場もあったようです。

その頃は何ともなくても高齢になってから症状が出てくることもあるそうです。

それからおじさんは肺がんの手術をして退院しました。悪い所を取ったと聞いたので片方をとったものと理解しています。

現在は肺に負担がないような暮らしに変わり、穏やかに暮らしています。
 

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